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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(オ)844号 判決

上告人

小坂井正夫

右訴訟代理人

木村保男

外五名

被上告人

右代表者

古井喜實

右指定代理人

奥原満雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木村保男、同的場悠紀、同川村俊雄、同大槻守、同松森彬、同坂和章平の上告理由第一点及び第二点について

土地賃貸借における敷金契約は、賃借人又は第三者が賃貸人に交付した敷金をもつて、賃料債務、賃貸借終了後土地明渡義務履行までに生ずる賃料額相当の損害金債務、その他賃貸借契約により賃借人が賃貸人に対して負担することとなる一切の債務を担保することを目的とするものであつて、賃貸借に従たる契約ではあるが、賃貸借とは別個の契約である。そして、賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され賃貸人がこれを承諾したことにより旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては、敷金交付者が、賃貸人との間で敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、右敷金をもつて将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは、敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となつて相当でなく、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は薪賃借人に承継されるものではないと解すべきである。なお、右のように敷金交付者が敷金をもつて新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は敷金返還請求権を譲渡したときであつても、それより以前に敷金返還請求権が国税の徴収のため国税徴収法に基づいてすでに差し押えられている場合には、右合意又は譲渡の効力をもつて右差押をした国に対抗することはできない。

これを本件の場合についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(1) 訴外山下興業株式会社は、上告人から本件土地を賃借し、敷金として三〇〇〇万円を、賃貸借が終了し地上物件を収去して本件土地を明渡すのと引換えに返還を受ける約定のもとに、上告人に交付していた、(2) 被上告人は、同会社の滞納国税を徴収するため、国税徴収法に基づいて同会社が上告人に対する将来生ずべき敷金返還請求権全額を差し押え、上告人は昭和四六年六月二九日ころその通知書の送達を受けた、(3) 同会社が本件土地上に所有していた建物について競売法による競売が実施され、同四七年五月一八日訴外太平産業株式会社がこれを競落し、右建物の所有権とともに本件土地の賃借権を取得した、(4) 上告人は同年六月ころ同会社に対し右賃借権の取得を承諾した、(5) 右承諾前において、山下興業株式会社に賃料債務その他賃貸借契約上の債務の不履行はなかつた、というのであり、右事実関係のもとにおいて、上告人は太平産業株式会社の賃借権取得を承諾した日に山下興業株式会社に対し本件敷金三〇〇〇万円を返還すべき義務を負うに至つたものであるとし、上告人が右承諾をした際に太平産業株式会社との間で、敷金に関する権利義務関係が同会社に承継されることを前提として、賃借権移転の承諾料一九〇〇万円を敷金の追加とする旨合意し、山下興業株式会社がこれを承諾したとしても、右合意及び承諾をもつて被上告人に対抗することはできないとして、これに関する上告人の主張を排斥し、被上告人の上告人に対する右三〇〇〇万円の支払請求を認容した原審の判断は、前記説示と同趣旨にでたものであつて、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点について

記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、原判決に所論の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)

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